『何が、教会の、カルト化の原因?』…対策と私たちの立ち位置

※ CVSAで開催したセミナーの内容です。

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 カルト化の原因は、戦後に教会が社会派と福音派に別れ、福音派やペンテコステ派が宣教に偏った力を注ぎ、教会成長や弟子訓練、霊的戦い等に代表される神学なき実践に取り組んだことにある。
 教会成長の教えの中には『信念の魔術』(※1)に影響された具体的にイメージして祈ればそれが実現するかのような、信仰とは異質なことが強調された。また、霊の戦いでは、不適切な追い出しが世界中の多くの教会で行われている。不必要なまでに悪霊に目をとめさせるような教えがまかり通り、信徒に不安や恐れを与え、情緒不安定になる人、心病む人を多数起こしている。
 聖書には書かれていない弟子訓練の中で精神的虐待、性的虐待、身体的虐待等が起きているケースがある。神に従うようにと教えながら、実は牧師に従順な信徒養成に堕しているのである。その結果、教会の教勢拡大のために、献身者の低賃金、信徒の奉仕と言う名の無給の過重な労働を取り入れるところが出てきた。また、労働力と経済のために、熱心な奉仕と十分の一やそれ以上の捧げ物が神の祝福を得る道と強調されてきだした。そして、捧げられた献金を我がもののように思い、富の誘惑に負ける牧師も起きてきた。このようなことを被害者が同地域の牧師に相談したとしても、牧師会などで取り上げられることはまず見られない。
 超教派活動で運営のポストを決める場となっているような牧師の会の中では、利害関係が優先されるかのように、牧師の問題を正すような取り組みはしていない。フェローシップを優先する、そこにあるのは「臆病な妥協」である。それは、牧師だけに限らない。信徒も教会で問題が生じてもそれを正そうと声を上げようとはしない。カルト化した教会では、物言わぬ羊となる。
 このような教会のカルト化を何とか食い止めて、教会の健全化を目指して行かなければ、キリスト教の明るい未来はない。その為に、もう一度、宣教に重点を置き過ぎ、牧会を疎かにし、社会的責任を果さないでいた戦後の教会形成を見直していかなければならない。教会が社会と関わることで、教会活動中心の信仰生活から社会の中で生きる信仰生活を促していく必要がある。また、教会が善で他が悪といった二元論に陥ることなく、地域社会との良好な関係を維持し、地域に根差した教会形成をしていくことが勧められる。
 戦後の教会形成を反省し、神学と実践のバランスを考慮し、聖書を正しく教え、真理に基づく信仰と生活を地道に取り組むことが必要とされている。
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「臆病な妥協」は、和を大事にする日本人は特に陥りやすく、良いことにすり替えられがちである。
身を正し、神の目にどうかを自分で考え、人の顔色を伺うのではなく、神の前に敬虔に生きるキリスト者を目指していきたいものである。
(※1)「信念の魔術」は、自己啓発のバイブルと呼ばれている本である。「心の底から思えば必ず叶う」というその教えは、教会成長のみならず、ニューエイジ系の他の宗教にも取り入れられている。聖書の教えではない。

この自己啓発の教えを取り入れたことは、カルト化の大きな原因を作ったことだろう。
なぜなら、「自己啓発」は、キリスト教に入れてしまうと、神のようになろうと、自分を神とし、自己崇拝して行く道に通じる。それは、神の望まれる道ではない。
自分から始まり、自分によって成り、自分に至る。すべて自分しかない。
自信を取り戻すためには有益であるだろうが、キリスト教に取り入れたとすると、とんでもない方向に進んでいく。

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