クリスマスについての考察~小羊うるちゃん物語へのコメント~

以下に記載したQ&Aは、小羊うるちゃん物語のコメントです。

   A教会ではクリスマスの日を祝わず、毎日がクリスマスだと教えられていました。しかし、クリスチャンなのにクリスマスに何もしないのは妙だということで、ある時から伝道集会をすることになったと記憶しています。牧師夫人にクリスマスを祝わない理由を尋ねると、「クリスマスはこの世の霊がもっとも働く」と答えられたことを覚えています。また、マンツーマンで教えていた宣教師の教え(クリスマスについての本を出版してもいました)によると思うのですが、下記の理由が語られていました。
・クリスマスはマリアとマリアに抱かれた赤子のイエスがクローズアップされ、力のない神という印象を与える。
・キリストの降誕は、実際12月25日とは異なる時期であった。間違った日に誕生を祝うのはおかしい。
・クリスマスの日は、異教の祭りの日であった。

クリスマスは、神の恵みを覚えて、家庭でお祝いしていました。
クリスマスは、古代ローマで太陽神ミトラスを祝う祭りの日だったということで、異議があるようだが、義なる太陽、まことの光であるイエス・キリストが密教の神から勝ち取った日だという見方もできる。
また、
「神であられるのに、神の姿を捨てることができないとは考えないで、自分を無にして、しもべの姿をとって人間と同じ姿になられ、自分を低くして(へりくだって)、実に十字架の死にまでも従順に従われたのです」(ピリピ 2:6,7、新改訳、文語訳、詳訳参照)とある自分を無にした究極の姿が「赤子」という形であったのじゃ。実は、この無力こそが、神の力を流す管となる秘訣だったのじゃ。キリストは信じる者の模範となられた。クリスチャンは神の誕生日として祝っているように見えるが、それは、ただの誕生記念日ではないということじゃ。
今となっては、聖書に記されていず実際の期日を特定できない(神の計画のうち)この定着している記念の日をうやむやにしてしまう働きが、聖書の神から出たとは、考えにくいのだがのぉ。
聖書は深いですね。もっと聖書を深く知りたいと思いました。

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