「小羊うるちゃん物語」part 3-1 心の癒し

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 【前回までの登場人物】 うるちゃん  : 主人公
              へいわくん  : 夫
              なごみちゃん : 長女
              サイエン君  : 長男
              はづきさん  : 友人
              N師     : はづきさんを導いた女性
              H牧師    : H教会の牧師
              A牧師(夫人): A教会の牧師(夫人)

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 A教会に行ったうるちゃん、A牧師夫人から「イエスさまを信じた証は、個人的なものだから、文章に残しておけば、後で読み返すと、必ず力になるから、文章に書いておくとよいですよ」と教えられ、ちょっとした恵みも書き記すことにしたのです。作文も苦手で、読書感想文などは、父親に手伝ってもらっていたうるちゃんでしたが、証はすらすら記すことができ、書き記していくと、読み返したときに、当時がよみがえり力が湧いてくることに気づきました。そして、その記録があったため、この物語を記すことができたのです。

 A教会に通いだしたある時、隣人を本当に愛するには、隣人を許さないとできない、という言葉を聞き、心に引っ掛かっていました。うるちゃんには許せない人なんて、今のところいない、と思っていました。うるちゃんには、幼いころから母親に優しくされた、愛されたという記憶がなく、体罰や束縛など厳しかったこともあり、母親との仲がうまくいっていませんでした。それでも老いていくだろう両親を思い同居を決めて、田舎に家まで買い、一緒に暮らしたこともありましたが、半年で崩壊しました。お互いに向こうが悪いのだ、と思っているのでした。実の親なのだから、憎いわけでもなく、許しているつもりでいたのです。でも、近くに住んでいる時はともかく、東京に越してきてからというもの、電話一本かける時にも、どんな言葉が返ってくるか気合いを入れないとできない状態だったのです。

 その事に気づき、うるは本当には許してなんかいないのではないのか、と思いました。そういったことをあれこれと考えながら、ある日、はづきさんの家に行くために、子供達を連れて電車に乗りました。すると、降りる1つ前の駅から20代ぐらいの重い知的障害があると見られる男性が、乗ってきました。茶色い歯が4, 5本残っているだけで、失禁のためズボンの前を濡らし、かなりの悪臭を放っていました。発している言葉は1歳半ぐらいの赤ん坊のようでした。その人は電車に乗ってきた途端、大勢が乗車している中、何故かうるちゃんに話しかけてきて、手までにぎってきたのでした。イエス様に出会う前ならば、振り切ってそそくさと逃げていたと思います。うるちゃんは、主に愛を試されているような気がして、一瞬、イエス様のことを伝えたい、という思いがよぎったのですが、周囲の注目を浴びている中で、言えませんでした。

 そうこうしているうちに、「あなたは、この人をも愛せますか?」という思いが響いてきました。「愛そうとは思いますが、自信はありません。」と葛藤しているうちに降りる駅に着いてしまいました。もし一緒に降りてついてくるようだったならばトラクトだけでも渡し、癒し主イエス様のことを話してみようかとも思いましたが、降りてはこられませんでした。迷子札を付けている様子もなく、付き添いもなくあのまま乗って行けば、都心に着き、一体どうなるのか気にはなったのですが、どうしようもなく、愛ってなんだろうと思いながら、はづきさんの家に着きました。

Ataeruai はづきさんに、「うるは本当には親のことを許していないのかもしれない。」と相談したところ、はづきさんは1冊の本を手渡してくれました。それは、伊藤重平著の「あたえる愛からゆるす愛へ」という本でした。さっそくその本を読んでみました。その本には、原因は違うのですが、うるちゃんと母親の状態を言い表しているような記述がありました。信仰の成長を求めていたうるちゃんは、読み始めてしばらくは、「なんだ、信仰の本ではなく、普通の本じゃないか。」と思ったのですが、読み進んでいくにつれ、奥深く眠っていた心の傷に、主にじかにふれられているような感覚を覚えたのです。幼い頃からの記憶が呼び起こされ、自分では気付かなかった奥深い原因に気付かされたのでした。それは「気付かされた」という表現が、ぴったりあてはまる感覚でした。うるちゃんは、愛情表現がへたな母親の母なりの愛情を感じ取ることができなかったのだと知りました。主の愛の深さに、一日以上涙が止まらず、何で泣いているのかわからないへいわくんがあっけにとられていたほどでした。その後も涙腺の弱い状態が数日続き、涙と共に奥深くあった心の傷がだんだんと癒されていく感覚がありました。

 あの電車にいた知的障害を持った人は、イエス様が人間の愛とその限界を教えるために遣わした人だったのかもしれないなあ…と思える程のタイミングの良さでした。イエス様が、「『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という戒めが最も大切である。」とおっしゃったこと、人に大切なのは愛なのだということが、身にしみてわかった体験でした。

 「あたえる愛からゆるす愛へ」の著者の伊藤重平氏は、クリスチャンのカウンセラーだと知り、感謝の電話をしてみたところ、一年位前に召されたと言われました。天に行った時に、感謝の言葉を伝えたいと思ったうるちゃんでした。

 この時から、少しずつではありましたが確実に、いろいろな事を通じて、主はうるちゃんの心を癒し強めてくださっています。イエス・キリストは不思議なカウンセラーだと教えられた最初の時でした。

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)

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