聖書から見たサタンの性質

異端と呼ばれる教えには、似たような教えが多く見られる。そのような教えの出所は神ではなく、サタンである。
同じみことばを用いて似たようなことを言っていたとしても、サタンの教えには、神の性質である“”はなく、次に列挙するサタンの性質が見られる。

①うそつき(偽る者)
「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願ってい るのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを 言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。」 (ヨハネ 8:44)

②神より、自分に従わせようとする
サタンは支配したがる。神の上に立とうとする。 歴代の悪王の中には、自分の言うことに従わないと、処罰する者もいた。
「だれでもひれ伏して拝まない者は、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる」(ダニエル 3:6)
「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。」(ガラテヤ 5:1)

③神からもらった良いもの(賜物)を奪おうと、また捨てさせようとする
「あなたにゆだねられた良いものを、私たちのうちに宿る聖霊によって、守りなさい。」(Ⅱテモテ 1:14)

④時に、サタンは自分の計画をなすために、この世の権力を差し出す
「『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。』と万軍の主は仰せられる。」(ゼカリヤ 4:6)

⑤神よりも、しるしや奇蹟に目をとめさせる
「また、悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の頂に立たせて、こう言った。『あなたが神の子なら、ここから 飛び降りなさい。『神は、御使いたちに命じてあなたを守らせる。』とも、『あなたの足が石に打ち当たることのないように、彼らの手で、あなたをささえさせる。』とも書いてあるからです。』」(ルカ 4:9-11)

⑥「神のようになりたい、神に取って代わりたい」という高ぶり
「あなたは心の中で言った。『私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。』」(イザヤ 14:13,14)

⑦偽物をあちこちに、本物のまわりに氾濫させ、神の賜物を悪いもののように思わせる
「にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見 せます。」(マタイ 24:24)

⑧自分で深く考えさせないで、ただ、信じるように強いる
「たとえ、自分の考えに合わなくても、又、どのような矛盾を感じたとしても、真理を受け入れるように。」 (ものみの塔の創設者チャールズ・T・ラッセル)
聖書の神の教えは…
「ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。」(使徒 17:11)
「私も、すべてのことを初めから綿密に調べておりますから、…」(ルカ 1:3)

⑩神の思いに反する人の思いを利用して、神の働きを妨げる
「信仰から離れたら呪われる。
 この組織から離れたら行くところはない。
 ハルマゲドンが近い。
 不信仰になるなら、病気や事故に見舞われる。
 サタンが家族を用いて反対する。
 伝道熱心でなければ、不幸な目に会う。
 このようなことが 起こったのは、自分が不信仰だったからではないか。
 仲間から見張られている。
 仲間から信仰に熱心であると思わ れていないのではないか。
 こんな自分を神は受け入れてくれないのではないか…。
 カルト教団の信者の心の中に は、恐れが果てしなく続く。」(大野キリスト教会内新世界訳研究会著、「カルト教団とは何か」)
このような恐れを抱かされるような、みことばの引用をして、伝道させたり、奉仕させたりする。
「主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。」(Ⅱコリント 3:17)

⑩神の思いに反する人の思いを利用して、神の働きを妨げる
「その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。するとペテロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。『主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。』」(マタイ 16:21,22)

⑪弱さを責め立て、セルフイメージをおとしめ、神の働きができないようにさせる
「主は私に、主の使いの前に立っている大祭司ヨシュアと、彼を訴えようとしてその右手に立っているサタンとを見せ られた。」(ゼカリヤ 3:1)

⑫同情させて、引き込み、かきまわすような場合もある
「いと高き神の子、イエスさま。いったい私に何をしようというのですか。神の御名によってお願いします。どうか私を 苦しめないでください。」(マルコ 5:7)
霊を見分け、知恵をもって対処する必要がある。
「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。」(ガラテヤ 5:22,23)
その反対の、憎しみ、怒り、不安、偏狭、冷淡、悪意、不実、頑固、無節制は、神の実ではない。
私たちは、実によって、イエス様のものか、そうではないものかを知ることができる。

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