「義は平和をつくり出し、義はとこしえの平穏と信頼をもたらす。わたしの民は、平和な住まい、安全な家、安らかないこいの場に住む。」(イザヤ 32:17,18)
神は愛である。と同時に、神は義でもある。
真実の愛は、義と共存する。
義(正しさ)の判断基準はどこにあるだろうか。
正しい完全なお方は、神だけである。
そして、そのお方は愛である。
ある教会の指導者が、「あなたがたの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。」(ヘブル13:17)のみことばを用いて、自分に従うことを強要した。
従わない信徒は排除していった。
その結果、教会を離れる信徒が続出した。
何をどこで間違ったのだろうか。
その指導者は、確かにみことばを用いていたが、自分の支配欲を満たすために、みことばを利用してしまったのである。
そのことが明らかになるまでは、長い年月が流れ、その間、多くの人たちが神につまずき離れていったのであった。
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みことばを読む時、主ご自身を正しく知ろう。
知らないままに適用してしまうと、さまざまな解釈が生まれてくる。
また、みことばの意味は間違っていなくとも、ケースによっては神の愛とかけ離れるような当てはめてはいけないこともある。
正しいお方は神だけであるというへりくだりと、その愛ゆえに私たちに選択の自由を与えておられるということを忘れずに、しっかりと主につながっていこう。
主の義の中には、愛があふれ、平和と信頼が息づいている!!
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