「すると、その地の民は、建てさせまいとして、ユダの民の気力を失わせ、彼らをおどした。」(エズラ 4:4)
待ち望んだ神殿再建をしている帰還民のところに、「ここに住んだ時からあなたがたの神にいけにえを捧げて、同じ神を信じてきたので、一緒に神殿を建てたい」と近づいてきた者たちがいた。
彼らは、サマリヤがアッシリアに滅ぼされた時に入植してきた外国人と残留イスラエル人との混合民族で、宗教的にもいろいろ混合していた。
このサマリヤ人たちは、到底、同じ神にいけにえを捧げてきたとはいえない状態だったため、帰還民たちは「神殿建設について、あなたがたと私たちとは、何の関係もない」と言って断ったのであった。
断られたサマリヤ人たちは、精神的な嫌がらせ、議官の買収、王に告訴状を提出…といった執拗な妨害を始めたのであった。
この嫌がらせは30年近くにわたって行われ、神殿建設は、約18年間中止させられることとなったのである。
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サマリヤ人が、心は本当に同じ神を信じていたならば、断られた後の言動は、違ったものであった。
誰が造ったとしても、神の宮が再建されることは、うれしい喜びのはずである。
サマリヤ人たちが本当に神を求めて、自分のプライドよりも、神の栄光を考え、行動していたならば、この後ずっと続いていくユダヤ人とサマリヤ人の対立も、避けられたのかもしれない。
神を信じる者として、神の栄光は何かを考えて、行動しよう。
その影響は計り知れず、神を第一とした時の祝福は大きいものであるのだから。
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