主に不可能はない

「するとイエスは言われた。『できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。』」(マルコ 9:23)

おしの霊につかれた息子の父親が、解放と癒しを求めて、イエスの弟子のもとにやってきた。
弟子たちは、解放を試みたが、できなかった。
そこへ、ペテロとヤコブとヨハネを連れて高い山に行っておられたイエスが戻って来られた。
解放することができなかった弟子たちは、律法学者たちと議論していた。
子供の父親は、イエスに言った。「もし、おできになるのなら、助けてください。」と。
冒頭のみことばは、そのことばを受けてイエスが答えたことばである。
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世の常は、「これはできない。」「できることとできないことがある。」「何か問題があってできないのだ。」と理論付けの説明を試みる。
しかし、イエスはこう言われる。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」
「どんなことでも」である。神に不可能はないのである。
時には、自分の足りなさが責められて、「できない」と結論付けたくなることがあるかもしれない。
自分ではなく、「信じるなら、どんなことでもできる」と言われる神を見上げて、信仰を働かせて、祈り続けよう。
神の時に、速やかに解決がやってくる。

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